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中学3年生の娘が拒食症になってしまいました。
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何かの本に書いてあった。

母親との関係を改善すると症状が良くなる場合が多いと。

M子のことは大好きだし、私は、ちゃんと愛情を注いでると思ってました。
でも、考えてみれば、昔から手のかからない子だったので、
手を掛けなくても、よかったというころがあります。

気が付けば、お箸の持ち方なんかも、教えなくても覚えていた。
小学生になったころからは、時間もきっちりと守り、学校に遅れるよ!なんて言葉も掛けたことはなかった。
忘れモノもしたことが、無い。
言わなくても宿題はきちんとやっていた。

だから、なんでも任せていたところがありました。

出来て当たり前って思っていたのかもしれない。
出来たことを褒めることをしなかったかも。。。
知らず知らずのうちにプレッシャーを与え、愛情を与えてなかったのかな?

その本には、こう書いてありました。

「今からでも、遅くない。子育てを最初からやり直す気持ちで。1からはじめてみるといい。まずはスキンシップから・・」

と。

なるほど、やってみよう!

ノートが来た次の日から、夜、M子のベッドに潜り込み、抱きしめたり、髪をなでたりするようになりました。
最初は、気持ち悪がっていたM子ですが、顔が見えない分、素直になれるようで、初日は、抱きしめるとワンワン泣きました。
その涙に、わたしもつられ泣きしながら、落ち着くまで、何時間も抱きしめてました。

最初の3日くらいでしょうか?ベタベタとしてたのは・・

4日目くらいからは、あんまりベタベタしなくなりました。
M子が自立してきたのでしょうか?ちょっと嫌がってきたので(^^;
私は、ベッドの端っこに座り、M子と今日あったことなんかをおしゃべりするようになりました。
でも最後は、必ずどこかに触れるように心がけました。
頭をなでるとうれしそうでした。

交換ノートとスキンシップが良かったのか。
次第に笑顔が見られるようになりました。

普段の表情もだいぶ柔らかくなってきたような気がします。

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夏休みが明け、学校が始まりました。

体力もないし、大丈夫かな?
と心配してましたが、無事初日を終えたようです。

「学校どうだった?」と聞くと
「普通」の答え。

給食はちゃんと食べたか?と聞きたかったけど、聞いたって言わないだろう。
日記には給食食べないって書いてあったから、食べなかったんだろうし。

どうしたらいいかな?

やっぱり先生には、言わなきゃ。
と、次の日、学校にお電話。
担任の先生に、拒食症になったことを告げると、
「やっぱり。。痩せたと思ったんですよ」との答え。
学校でも様子を見て、一緒に連携してやっていきましょうと励まして下さいました。

その夜、寝ようとベッドに入った私に、M子が手紙を差し出しました。
開けてみると、ルーズリーフ3枚にびっちりと文字が書いてありました。

実は、1年生の後半あたりから、いじめにあっていたと。
元々は、自分が、仲の良かった子を仲間はずれにしてしまったことが原因で、
いやがらせを受けるようになり、だんだん孤立していったと。
部活でも先輩からイジメられて、1人だけのけ者にされて、辛かった。
それで、本気で死のうと思ったことや遺書も書いたことがあると書いてありました。

私や夫の前では、いつもクールで出来た子でいたかったから、言えずにずっといたと。

先輩が卒業して、新しいクラスになったら、みんないい人ばかりで、しばらくは良かったのだけど、
他のクラスの子から、デブ、キモイと言われたのが、きっかけで食べないようになったと。
また、いじめられるのが怖くてそうしたと。

なのに、ママは、自分の気持ちも考えずに、食べろ食べろと言うし、病気だとかいって
白い目で見る。家にも居場所が無いと。
つらいどうしようもない気持ちが、書いてありました。

私は、その晩、何度も読み返しました。

これに対してどうやって対応したらいいんだろう?
と考えた末、お手紙の返事を書くことにしました。

まっさらなノートを引っ張り出してきて、そこに書きました。

まずは、辛くて、思い出したくもないようなことを書いてくれて、教えてくれてありがとう。
から始まって、食べてもらいたい理由なんかを書きました。

すると、次の日、そのノートが返ってきました。
そこには、私がちっとも理解してないとの批判。
さみしい、さみしい。もっと私に心から愛してもらいたい。と書いてありました。

こんなに心配してるのに、なんで分かってくれないのか。
好きだからに決まってるじゃない!!
と次の日、ノートに書きまくってM子の机の上に一旦置きました。

しかし、仕事中、ふと昔のことを思い出しまして、
それは私が子供の頃のこと。

私は、両親と2つ下の弟との4人暮らしでした。
物心付いた頃は、どうしてだか、弟ばかり両親にかわいがられていた。
父は息子を溺愛し、出張に行けば、お土産だと言って、サッカーボールや
野球のセット、柔道着や自転車だったり、弟のモノばかり買ってきていました。
週末ともなると、デパートのおもちゃ売り場に弟を父が連れて行き、その間に、母と私は食料品売り場で買い物するのが常でした。
だから、私は何一つ、おもちゃを持ってなかった。
母もそんな父を責めるわけでもなく、無関心な様子。
子供心に、言っても無駄だと諦めてたし、言ったところで嫌われたらどうしようと言う気持ちが、あったんだと思う。納得してなかったけど、なんとかやり過ごしてました。

しかし、大人になって結婚して、M子を産んで、それがトラウマになってることを、自分自身気づかされることになった。どうしても2人目を作る気になれなかったのが、そのせい。
2人目を作ったら、M子に寂しい思いをさせてしまうんじゃないかと、怖かった。
そんな私の気持ちも知らずに、両親は「1人じゃ、かわいそうだから」と言ってきた時に、初めて反抗した。
ずっと思っていたことを、吐き出した。
辛かったことや、どうしてあんなことしたのか?と
しかし、帰ってきた答えは、悪かったとは言っても、その後に「でも」の言葉。
何度も何度も言ったけど、伝わらなかった。
あげく、うるさい。しつこいと。

これは、言っても仕方ないと、諦めた。

私は私で行くしかないと。


その一件を思い出した。
「子供が気持ちを吐き出したときに、「でも」の言葉だけは、使っちゃいけないんだった」
そうだそうだと、ノートを書き直しました。

悪かったと気持ちを込めて書きました。
M子のことが、本当に大好きなんだと、気持ちが悪いくらいかきました。

それからです。M子からのノートの内容が変わってきたのは。。。

長くなるので、続きは、また後ほど。





生理だって無いし、なんとか体を元にもどさなきゃいけない。
夏休みが明けると、すぐに体育祭の練習もあるので、体力だってつけさせなきゃと
焦ってました。(8月後半)

M子が何を考えてるのか?ちっとも分からないので、
M子が留守のときに部屋に入り、家捜ししました。
いけないことだと思ったのですが、手がかりだけでも知りたかった。
すると、ベッドサイドの棚に隠すようにしてあった日記を見つけました。

食べなくなった頃の日記を見ると、試合で勝てなかったのは、自分のせいだとか、
修学旅行の班決めで誰々が、文句を言ってきただとか、母親がうざいだとか
気に入らないやつ殴って、学校で暴れて、死んでしまいたい。なんてことが書いてあった。
何なんだろう?

その後の日記は、
今日は、お昼ごはん食べなかった。夜ご飯も「もやし」をちょっとだけ。
カレー食べたかったけど我慢した。体重57キロ!!超うれしい♪
なんてことが書いてあった。

日々、何キロ。だとか、何を我慢したとかの日記が続き。

ここ数日の日記は、荒れていました。

「母親がうざい。こんなに我慢してダイエットをしてるのに、食べろ食べろと言う。
食べるわけないじゃん!痩せて綺麗になるんだ!!
しね!ババァ!」
「親が喧嘩してる。まぁとりあえず笑っとくか。」
「病院へ連れてかれた。びょーきらしい。へぇ~」
「明日から500キロカロリーだって、食べりゃいいんでしょ。
腹筋と腕立て、モモ上げしてカロリー減らそう。
学校始めれば、お昼抜けば、バレない。それまでの辛抱だ。」
「だれも私のこと分かってくれない。しにたい」

など、読んで、ますます分からなくなってしまいました。
とにかく心が病んでることは間違いない。

しかし、どうしてそうなってしまったのかが分からない。
悩みました・・・

500キロカロリーの食事を作ってる時も、いやいや食べるんだと思うと、張り合いも無く。
食事も、どのくらい食べてるか?と食事の度に監視もしなきゃいけないようになり、
本当は、そんなことしてはいけないのは分かってるのだけど、ついしてしまう自分も嫌だったし、
母親失格なのか?育て方がいけなかったのか?などと自分を責めたりだとか。
今思えば、あの頃は、毎日が本当に辛かったです。

M子と一緒に共倒れになるんじゃないと思うくらい、私も追い込まれてました。
気が付けば、私も体重が激減。






1食500キロカロリーでいいから、食べてみようね。
と提案したら乗ってきたので、それ以来、本を見ながら、作ってます。
料理がもともと苦手な私。

まずは、食材の分量を量る行為が、ストレスでした。
大さじ小さじでさえ無かったくらいですから。
ちゃちゃっと作れるのが、一番だと思ってましたので、手間隙をかけた料理で、
食材を一個一個量りながらの料理は、それはそれは、効率が悪く、
時間もかかりました。
最初は、毎回2時間はかかってましたね。調理するのに・・


で、そうして作った料理は、苦労した甲斐もあってか、最初は嫌そうでしたが、徐々に食べてくれるようになりました。しかし、相変わらず、ご飯類など炭水化物や、チーズや乳製品などは、避けてましたね。
ちょっと多めにご飯を盛ると、ちゃんと120グラムって量った?と聞くし、牛乳は昨日飲んだから、いらないとか言い、拒否。チーズは見てないところで、ワンコたちにあげてました。

正直、ムッとしましたね。こんなに苦労して作ったのに全部食べてくれないなんて。
本当は、成長期だったら、1食500キロカロリーなんて少なすぎなんだよ!!
と、言いたかった。

けど、それでも前よりは食べてくれるから、よしとしなきゃ。がまんがまん!と自分に言い聞かせ、がんばりました。











それでも、やっぱり家に戻ってくると、旅行中あんなに柔らかだった顔が、段々がちがちに・・

次の日からは、また勉強と低カロリー食事作りの毎日。

そろそろ夏休みも明けるし、こんな状態じゃ学校生活も厳しいだろうということで、
近くの心療内科へ連れて行きました。
児童外来専門ではないのだけど、人柄がいいので有名なところです。

初診だったので、ものすごく待ちましたが、おじいちゃん先生、よく話を聞いてくれました。
本人を責めることなく、「食べて痩せるんじゃだめなのかな?」とか
やさしく接してくれました。

それがあってか?
本とかちゃんと見て、カロリー計算をちゃんとして、一日1500キロカロリーを目標に食べてみない?
の私の提案に乗ってきました。

よし、これはチャンス!とその日のうちに、本を購入。


1食、500キロカロリー以下でこんなお肉だとか食べれるんだ!
と本人も、私もびっくりでした。

早速次の日から、私は、500キロカロリーの食事つくりに熱中。
朝は5時起きでがんばりました。

ちょっとでも食べるのが楽しくなるようにと、食器も買い足しました。

8月半ば、家族で私の実家に帰省しました。

久々に会った両親は、孫の痩せた姿に驚いていたようですが、あえて何も聞かず、普通に接してくれました。
M子もリラックスしていたようで、実家ではそこそこ食べてました。
しかし、帰ってきてからは、また自分でネットで探した低カロリー食事作りに没頭し、さらに食べなくなりました。

それからしばらく経った8月後半。
後ろ髪をちょっと切ってほしいというので、お風呂場でカットしてあげました。
その後姿を見たら、涙が出そうになりました。
背中の産毛が黒くなっていて、肩甲骨がゴリゴリしてました。

これはいかん!と
無理やり体重計に乗せました。
すると、上下スウェットを着ていたのに、51キロありませんでした。
170cmで、50キロほど。
驚きました。

「病院へ行こう、治してもらおう」と話しました。
その夜、M子の部屋に行って、深夜まで話し合いました。
しかし、太りたくないM子に対して、正常まで戻したい母の考えは、平行線で。。
これは、気分転換が必要だなと急遽、旅行を計画。

「海でも見に行こう」と誘い。
M子を助手席へ乗せ、千葉、犬吠埼へ車を走らせました。ここ埼玉の西部からだと、片道4時間弱。

その道中に、いろんな話をしました。
私立に行きたいと言っていたM子、なんでそう思ったのか?話してくれました。
みんなが行かない私立だったら、そこでリセットしてやり直したかったそうです。
県立は今年から2次募集が無くなるので、試験は1回っきり。
そこで落ちたら立ち直れないという。
しかもテストは3月に入ってからで、それまでが不安で仕方が無いそうだ。
早く決めてホッとしたいと言う。
高校行ったらバイトもしたいんだとも。

犬吠埼に着いたのは、夕方。
お天気も悪かったので、波は荒く、人もまばらでしたが、海を見ながら考え事をするには、最高でした。
M子は、一緒に連れて行った、ワンコたちと遊ぶこともなく、じっと海を見ながらたたずんでいました。

その夜、ホテルの露天風呂につかりながら、M子とゆっくり話しをしました。
海を見て、おいしいご飯を食べてリラックス出来たのか?
県立に志望校変えようと思ってると切り出してきました。
がんばってみようと。
どういう心の変化かは分からないのだけど、前向きになってきたのかな?
とうれしかった。

次の日は、前の日よりちょっと笑顔が見られました。
早起きして日の出を見がてら、散歩をしました。そのときも笑顔だったし、
マリーナにある人工浜で貝採りしてるときなんて、すごく楽しそうにしてました。
その姿を見て、連れてきてよかった♪と心から思いました。


私には、年の離れた友人が居ます。
もう10年以上の付き合いです。
M子が小さかった時からの知り合いなので、M子のことは、よく知ってます。
近所のおばあちゃんのような存在です。

いつだったか?
その友人が、自分の子の話をしてくれた時がありました。
M子より若い中学1年の時に、拒食症になった時の話。
30キロ台にまでなってしまった話をしてくれた時があって、ひどいときは、水も受け付けなかったと。
あの時は、つらかった・・・
ようやく、今なら話せると。

涙ながら話してくれたことがありました。
私もそれを聞きながら、一緒に涙しました。

それがあったので、診断を受けてすぐに、おばちゃんに会いに行きました。

そこでまた2人で涙(TOT)

やはり性格的に、頑張りやさんで、真面目な子に多い。
早く病院へ連れて行きなさい。とのアドバイス。

それからと言うもの、ちょくちょく遊びに行っては、ストレス解消してます。

そして、もう1人心強いのが、昔からの友人で仕事の関係上、ほぼ毎日会っておしゃべりしている友人がいます。同じく同級生の女の子が居て、学校は違うけど、子供同士も仲がいい。
その友人に愚痴ると、すっきりします。
たわいの無い話だけでも、疲れが取れる。

夫は、最近は理解してくるようにはなってきたけど、やっぱりM子を病院に連れて行くことだけは、
どうしても抵抗があるようで、もうちょっと話し合いが必要かな?
あまりに急なことに対応しきれてない?

いずれにしても、私は恵まれてると思う。
悩みを話せる人が居る。

M子には、そんな話せる人が、居るのかな?
8月中旬。
近所の児童専門の精神外来へ行ってきました。

この頃になると、夫もM子の異常に気が付き、ダイエットじゃなかったのかもと、私の話も聞いてくれるようになりました。夫としては、M子を病院へ連れて行くことに抵抗があったようで、私だけで相談に行くことにしました。

病院は、すごく綺麗で待合室も大きく快適でした。
予約は11時。問診表の記入があるので早く来て欲しいと予約のときに言われていたので、早めに到着すると、
なるほど、というくらいの記入の多さ。その細かさにびっくりでした。

まず、受診の目的から、いつからか?などから始まり。友達関係。成績。性格などもあった。

出生の体重、場所。母乳だったかミルクだったか?いつおしゃべりをしたかや、歩いたのはいつごろか?や、最初にしゃべったのはどんなことだったか、どんな遊びが好きだったか?など、母子手帳か当時の日記を見ないと思い出せないくらいの内容でした。

診察は、若い女医さんでした。

今までの行動や性格など、丁寧に聞いて下さり、結局1時間半も診察してくれました。



そのときに薦めていただいた本です。
いろいろ読んでみましたが、偏った書き方ではなく、読みやすかったです。

娘にも読んでもらおうと、目の付く場所におきました。

やはり診察の結果。
拒食症とのことでした。

体重は、まだ危険なレベルではないものの(身長170cm、体重51㌔)
生理が無くなってしまったことから考えて、これ以上進むと取り返しが付かなくなる場合があると。
次は本人と一緒にというお話でした。

すごく話しやすくて、これならM子も話しやすいかな?
と感じました。

週1回しか児童外来がないので、次の予約が取れたのは、9月の後半。
それがね、、どうしたもんだか?

でも一応、感じが良かったので、予約。

引退試合が終われば、落ち着くかもしれないと、見守ってきましたが、
引退したら、勉強にさらに打ち込むようになりました。
そして食事も相変わらず。

あんまり根つめると良くないと思ったので、M子を誘って、夏休みに入ってすぐにキャンプに連れて行きました。
八ヶ岳に2泊してきました。
しかし、そこでも勉強をしたり、食事もつまむ程度しかしないし、やたらと運動をしたがりました。
息抜きに持って行った、バレーボールだとか、バトミントンなど、私はずっと付き合わされてましたね。
少しでも気が晴れれば、と思ったのですが、あんまり効果は無かったようです。

そして帰ってきてからは、またさらに勉強に明け暮れる日々。

これはいかんと思い、M子に聞きました。
どうして痩せようと思ったのか?なにがあったのか?

すると、泣きながら、友達にいじめられてデブと言われて見返したかった。と言う。

わたしは、予想もしてなかったので、「誰に言われたの!!」とつい問いただしてしまいました。
あそこでちゃんと聞いてあげられれば良かったと気が付いたのは、それからずいぶん経った、今です。
あの時は、わたしも気分が落ちていたので、頭にきてつい言ってしまったのです。
今思えば、傷口に塩を塗ってしまったという感じですね。
せっかく心を開いて辛いことを打ち明けてくれたのに、また1人で悩ませてしまうことになるとは。。

M子は、いわゆる。出来のいい子です。
手のかからない子。
相手が今、何を求めてるのか、相手の行動からその人の気持ちを読み取ることが出来るやさしい子です。
自分を犠牲にしてまで、相手に尽くしたり、人が嫌がるようなことでも引き受けるタイプなので、学校でもずっとクラス委員をやっています。しっかりモノなので、先生たちも安心だと言います。
でも、ストレスが半端なかったんだと思います。
それに受験とお友達とのトラブルと、部活の引退とで、きっといっぱいいっぱいだったのでしょうね。

夏休み、8月に入ると、M子が食事を管理するようになりました。
ネットで低カロリーのメニューを見つけては、それを作ろうと言い出し。毎食の食事の支度を私と一緒に作るようになりました。
私は、料理が嫌いなので、一緒に作ってくれるのは、すごく助かったし、うれしかったのだけど、
毎日、こんにゃくやら豆腐やら、生野菜などばかりで、キンピラなんか、辛くて食べられたものじゃないくらいの代物。そんなメニューに段々、嫌気が差し・・・
自分で料理したおかずさえもつまむくらいしか食べないM子にも、イライラが募り、
ついまた怒る 私・・・・・

これは、いけないと
近所の児童精神専門の病院に予約を入れました。
親だけの相談でもいいと言うので、予約。

娘(M子)の行動が、おかしいな。
と気がついたのは、5月の後半頃。

それまで、3度のご飯がなにより好きで、部活(バレーボール)もやっていたので、普通の中学生の女子よりも食べていました。例えば朝ごはんは、朝練があるので、昼までもたないとか言って、ご飯、味噌汁、大皿のおかず、デザートに加え、お餅を4個とか食べていました。
昼は給食なので、他の女子に合わせてか、普通の量だったと思うのだけど、
夜は、帰ってきてすぐにおにぎりやら、お菓子なんかを食べ、ご飯が出来るのが待ちきれないほどの勢いでした。
体型は至って普通。170cmの60キロ。
筋肉がものすごく付いていたので、体重よりもほっそりと見えていたくらいです。

それが、気がつけば、朝はお餅を食べなくなり、給食でおかわりいっぱいしたからと言って、夕ご飯をほとんど食べなくなった。もやしを2.3本だとか、ほんのつまむ程度しか食べなくなりました。
どうして食べないのか?と聞くと、部活引退したら今までの食生活じゃ太っちゃうし、今から気をつけてると言う。

最初は、まぁ、そのうち飽きるだろうと思っていたのですが、食生活は変わらずで、だんだん行動がおかしくなってきました。

食べなきゃ倒れちゃうから食べなさいと言うと、イライラして怒る。
油モノ、大好きなから揚げなら食べるだろうと、出すと。。こんな油モノなんていらないと怒り。
キッチンペーパーで油を異常なほど、擦り取り。さらに自分のお皿で衣をはずして食べてました。
炭水化物、ご飯や麺類などを極力避けるようになりましたし、私たち他の家族のご飯をよそる時、これでもかと言うほど、ぎっちり盛り、自分は、一口ほどのご飯しか盛り付けない。私が盛ると「こんなにいらない」と言って怒りながら、ご飯を戻してました。
かと思うと、高カロリーのお菓子なんかを、おつまみにどうぞと言って出してきたりとか、自分では、一口も食べないのにクッキーなんか焼いたりしてました。日に日に、おかしな行動が多くなってきましたね。

しかし、引退をひかえた6月の上旬、テスト期間中の夜に倒れました。
栄養不足でしょう。

夜中トイレに行った時に、意識をなくして倒れたようです。
隣の部屋に居て、ものすごい音がしたので駆けつけると、トイレの前で転んだとかいい訳してましたが、
びっくりしていた様子だったので、意識が無かったのだと思います。

そのテストの結果は、予想していた通りの、今までの史上最低でした。
今までと同じようにやってはいたようですが、頭に入ってなかったんでしょうね。
私は、「本番じゃなかっただけいいじゃない」と慰めたのですが、本人は、受験も控えて焦っていたのか、「まずいどうしよう」と以前よりも勉強に打ち込むようになりました。
勉強も、部活も、大丈夫なのか?と思うほどやってました。

それと平行して、食事も極力食べないようになり、毎日、食べなさい!大丈夫だから!の親子喧嘩が絶えない日が続きました。

食べなさいと言う私に夫は「ダイエットしたいんだろ?協力してやれよ」
と能天気なことを言って、私を怒らせ。夫婦喧嘩も多々。

娘が何を考えてるのか分からない。私の気持ちも夫にも分かってもらえない。
きつかったです。


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プロフィール
HN:
yukino
性別:
女性
職業:
自営業
自己紹介:
中学3年生の娘が拒食症になってしまいました。
一番ひどいとき(身長170cm、体重48㌔。BMI18以下、体脂肪12%)

再び笑顔が見られることを願って、日々の親子の葛藤やら、治療などを綴りました。
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